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JTC社員のよもやま話 2022.08.26

芸術家、職人、そして人工知能 
~Artists, Artisans, and Artificial Intelligence~

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皆さまこんにちは、日本翻訳センター広報担当Mです。

今回のブログは、
前回掲載した当社登録のアメリカ人翻訳者Sさん英語ブログの和訳版です。

英語版では
日本の漫才を訳者がどう上手く英訳したかを紹介するくだりが出てくるのですが、
この和訳版の方では漫才のオリジナル台本をご確認いただくことができます。

この日本語をあのように英訳していたとは・・・!?

訳者さまの努力、苦労が垣間見られる良い例であり、
この先何年経っても機械翻訳にはマネのできない部分だと思います。

お楽しみいただければ幸いです。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

芸術家、職人、そして人工知能

「art(芸術・技術)」 という言葉は、
詩、脚本そして小説など芸術家による創作物と、
レポート、エッセイ、マニュアルなど職人による実務的文書の両方を指す場合があります。

翻訳もまた芸術の一種であり、
ベテラン翻訳者なら状況に応じて2つ以上の言語で、
ある時は芸術家として、またある時は職人として、
それぞれ力を発揮することができます。
これは人工知能にはできないことです。

「芸術家」としての翻訳者の仕事としては、
映画字幕やローカライズされたゲームなどがおなじみです。

しかしながら、
翻訳者個人の力によって原作に新たな魅力が吹き込まれている事に気づく人は少ないでしょう。

Netflixオリジナルシリーズ「火花」に、
「今からする質問に全て『いいえ』でお答えください」という漫才ネタが披露されるシーンがあります。
日本人漫才コンビのボケ担当の神谷が「盗むことは呼吸すんのと同じことだ」など失礼な質問を重ねるのですが、
ツッコミ担当の大林は必ず「いいえ」と答えなければなりません。

失礼な質問は、大林が神谷にキレるまで続きます。
続けて、神谷が良い住宅をほめる発言を重ねます。
それに対しても大林は全て「いいえ」で答えなければなりません。

「地震に耐えうる強い構造を持つ」「いいえ」、
「明るくて開放的なキッチンがある」「いいえ」など、
大林は「いいえ」を連発するのですが、それがダジャレであることがわかります。

最後は「いいえ… いい家やな これ、お前」とオチがつきます。

ここで翻訳者は、英語では伝わりにくいネタを、
「いいえ」を“No way”(「ノーウェイ」、日本語で「まさか」の意味)と英訳し、
全く新しいジョークを生み出しました。

-かつてヴァイキングが住んでいました。
– 「ノーウェイ」
-スキーの歴史が長く盛んです。
– 「ノーウェイ」
-フィヨルドが非常に美しいです。
-これ「ノルウェー」やな これ お前! 1

-It was once inhabited by Vikings.
-“No way.”
-It has a long, rich history of skiing.
-“No way.”
-Its fjords are extremely beautiful.
-“No way.” You mean “Norway”! 1

最高に面白いジョークではないかもしれませんが、
繰り返しやタイミングでオチを作り出すコメディの仕掛けを駆使して、原作のエッセンスを取り入れています。
英語でも通用するダジャレであり、最初のジョークをベースにして英語字幕が違和感なく溶け込んでいます。
他の翻訳者でも、同じジョークを効果的に翻訳する方法を無数に思いつくでしょう。
しかし、これが人工知能による機械翻訳なら、
確実にユーモアのない直訳になっていたのではないでしょうか。

これとは対照的に、
「職人」としての翻訳者は通常、原文に忠実でありながら、
適切なニュアンスを与えるために微妙に文章を変化させます。
これは、元々の文章の作成者が、異なる文化や状況にある聴衆に、
自らの意図がどのように受け止められるかについて意識的でなかった場合、特に重要になります。

最近の事例としては、
1年延期された2020年東京オリンピックの開会式で、
天皇陛下がお読みになられた宣言文に加えられた変更が挙げられます。
五輪憲章では、英語と仏語で、
国家元首がオリンピックの開会式で読み上げるべき開会宣言の正確な文言が定められています。
1964年の東京オリンピックでは、
現在の徳仁天皇の祖父である当時の裕仁天皇(昭和天皇)が英和対訳をお読みになりました。
英和対訳では「祝う(celebrate)」という言葉が使用されています。

しかしながら、
今回のオリンピックが新型コロナウイルスの国内感染をさらに拡大させるのではないかという
国民の心配を考えると不謹慎であるとの懸念がありました。

その結果、天皇陛下は「祝う」の代わりに「記念する(commemorate)」という、より抑えた表現をお選びになり、
2021年に開催される大会の厳粛さにふさわしい宣言となりました。

「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」 2
“I declare open the Tokyo Games, commemorating the 32nd Olympiad of the modern era.” 2

天皇陛下は世界が注目する演説にふさわしいお言葉を選び、大きな賞賛を浴びました。
しかしこのような変更は、翻訳者が手を加えても、
たいていは全く気づかれません。
もちろんほとんどの場合、
読む人が翻訳文を読んでいると感じさせないような訳文に仕上げることが翻訳の目的です。
人工知能はこのような微妙な調整はできません。
機械翻訳では、運良く重大な文法的ミスをしなかったとしても、
空気を読めない不自然な表現になることが多いのです。

インターネット普及黎明期から、
いわゆる「Engrish*」と呼ばれる日本語から英語への稚拙な翻訳が、
公共の場に掲示されている写真が面白おかしく共有されてきました。

Babel FishやGoogle翻訳などのウェブ翻訳ツールによって、これらは極めて一般的になってきました。
どの例も機械翻訳かどうかは分かりませんが、
私のお気に入りは、
たった一つの不適切な表現が、全体の文章をいかに不自然にしてしまうかを示しているものです。
日本のとある温泉旅館で、温泉の利用上のルールを記した掲示を宿泊客が写真に撮って共有しました。
*アジア系言語話者の使用する表現やスペリングの誤用を伴った英語。
日本語話者が苦手とする”R” と “L”の発音の区別を揶揄して作られた。

「ぐでんぐでんに泥酔した時の入浴はお控えください」 3 
“Please refrain from taking a bath when you are dead drunk.” 3

“dead drunk”(ぐでんぐでんに泥酔する)というのはもちろん大げさですが、
“drunk”(へべれけ)という表現でさえ、お客様向けの掲示としては不適切でしょう。
優秀な翻訳者であれば、
おそらく “inebriated”(酩酊)または “intoxicated”(酔った)という言葉を選ぶのではないかと思います。
一つの文の最初と最後で文調が一致しないのは、機械翻訳の致命的な欠点です。

体系的翻訳は1000年以上前から研究されており、
完全自動型機械翻訳も1世紀近く前から開発が続いています。

にもかかわらず、どうして機械翻訳はこれほどまでに未完成なのでしょうか。

その答えは明白です。

ほとんどの人間は、
母国語の基本的な文法と語彙を理解するために幼少期の10年間、
言語が使用される多くの文脈を学ぶために青年期のもう10年間、
そして言語をマスターするために様々な場面や媒体でコミュニケーションをとるために数十年が必要です。
残りの人生を体験しながら他の言語を学ぶことまでなかなか手が回らないものです。
現在の特化型人工知能は、膨大な量の文章をインプットして処理するだけで、
その情報の全てを構成する実体験がありません。

芸術家の創造性を刺激するような心揺さぶられる体験や、
職人の感性を刺激するような専門的な体験が欠如しているのです。
未来においては、
汎用型人工知能がアンドロイドに命を吹き込み、
人間と同じように生活や言語を体験できるようになるかもしれません。

それまでは機械ができないことを、翻訳者がやり続けて行くのだと確信しています。

参考文献

1. 脚本:加藤正人、高橋美幸。監督:廣木隆一。英語字幕:チャド・マレーン、マッシュー・アイアトン。エピソード 5 (シーズン1エピソード5) [TVシリーズエピソード]。製作総指揮:岡本昭彦、吉崎圭一、デイビッド・リー、上木則安。 「火花」(Hibana: Spark)。Netflix 2016年6月2日配信。
2. デンヤー・サイモン、リー・ミッシェル・イェヒー「無観客の開会式で日本は無理やり笑顔を見せたが、盛り上がりに欠けるオリンピックの祭典」、『ワシントン・ポスト』、 2021年7月23日 。https://www.washingtonpost.com/sports/olympics/2021/07/23/japan-opening-ceremonies-olympics/
3. 「外国人観光客が失笑する『街で見かけた直訳しすぎの和製英語』」、『日刊SPA!』、2016年2月21日。 https://nikkan-spa.jp/1040012/2

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